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LETTERS 古典と古楽をめぐる対話
俳人 × 音楽家
小津夜景 × 須藤岳史
第16回 ふわふわふうみ(上)  (小津夜景より)



 前略、クリスマス・イヴはいかがでしたか。わたしは夫婦でとても質素に過ごしました。夕食は前菜がエスカルゴ・バター、メインが鶏肉とほうれん草のグラタン、これでおしまいです。デザートは、年末ということで溝口健二の『忠臣蔵』を観ながら、例年どおりトレーズ・デセールをつまみました。

 トレーズ・デセールは13のデザートという意味で、クリスマス・イヴの夜にいただくプロヴァンス地方の伝統食です。かならず用意するのはポンプ・ア・リュイル、白ヌガーと黒ヌガー、干しいちじく、干しぶどう、アーモンド、クルミまたはヘーゼルナッツの7品で、あとの6品は乾燥くだもの、ゼリー、砂糖漬け、地元の銘菓などからみつくろっておせちのように盛りつけます。今年のわが家は洋なしのギモーヴなどもこしらえてみました。ギモーヴは裏漉しした果実にゼラチンを加えて固めたマシュマロ風のお菓子で、つまんだ感じはふわふわで、噛むとくにゅくにゅしています。

 ポンプ・ア・リュイルはバターのかわりにオリーブオイルを練りこんだ平べったい菓子パンで、オレンジの花の蒸留水で香りづけをします。食べるときはレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」よろしく手でちぎり、煮つめたワインにひたします。ヌガーはメレンゲに砂糖、ナッツ、ドライフルーツを混ぜて固めたものですが、歯に粘りつくため奥歯のつめものが心配で、食べていてもくつろげません。そこへゆくと、マシュマロやギモーヴはいたく平和なお菓子です。

 こんなことを書いていたら、お菓子がつくりたくなってきました。わたしにとってお菓子とは、材料、製法、試食の全工程において、ごはんづくりでは味わえない形而上学気分を満喫できる遊びです。お菓子は気まぐれのようでいて、材料が限られていたり、分量が厳密だったり、表情豊かな無表情をつらぬいていたりと、実はストイシズムの気骨があります。世間からはひどく誤解されていますけれど、お菓子の快楽とはまったくもって反情緒主義なのです。数理的に分析されたハルモニア、天国的無心のあくなき探求は、ピタゴラスが目指した美学に通じるとすら言えましょう。

 お菓子の材料となるくだものは、肉や魚や野菜よりもずっと豊かな音を秘めてもいます。西洋すぐりは硝子をこする音、枇杷は木靴の音、葡萄は硬貨を落とした音、檸檬はトライアングル、そして洋梨はこの上なく不思議なことに大理石の音がします。かたや薔薇、ラベンダー、すみれといった花々は、近づいて嗅ぐと、野をわたる風や若葉を濡らす雨、はじめて蜜を吸われた朝のこと、見知らぬ虫を寝かせた夜のことなど、さまざまな日々の記憶がぎゅっとつまった無形の旋律を奏でています。その深くかすかな旋律は、彼らがどれだけたくさんの音と共に過ごしてきたのかをわたしたちに気づかせ、古来より人間がなぜ花々を友として手厚く遇してきたのか、そのわけを解き明かすのでした。

 さらに蜂蜜と砂糖についていうと、中国や日本でもそうだったように、ヨーロッパにおいてそれらはもともと薬でした。それらが粉もの、バター、玉子、くだものなどと組んでいわゆるフランスのお菓子らしくなり、見た目がふわふわしてきたのは16世紀以降のことだそうです。わたしはふわふわという言葉の心地が好きで、日本の古典のふわふわ事情について調べてみたことがあります。そうしましたら、近松門左衛門『丹波与作待夜のこむろぶし』の「今宵契りの恋風は、生姜酒でもふせがれず、気もふはふはの玉子酒」を筆頭に、それはいろいろなふわふわと出会いまして、なかでも衝撃だったのが〈水鳥やむかふの岸へつういつい〉で知られるあの広瀬惟然の、

水さつと鳥よふはふはふうはふは  広瀬惟然

という句でした。いきなりお菓子から脱線してごめんなさい。でもお伝えせずにいられないほどこの句がふわふわだということ、きっとわかっていただけますよね。なんといっても鳥のすがたに負けないくらい、本人の頭のなかがふわふわしていそうな雰囲気がよろしいです。さらに狂歌方面でずば抜けてふわっふわだったのが、

大友の王子の王に点うちてつぶす玉子のふわふわの関  大田南畝

という大友皇子が殺された不破の関を詠んだ一首でした。あっさりした字面、きょとんとした口調、そしてわかりやすい甘さ。ちなみに「玉子のふわふわ」はスポンジケーキではなく、鶏卵のといたものと酒とだし汁をまぜ合わせてふわっと蒸したもの、または卵を落とし入れた吸い物のことです。それがこの甘さなのだから、さすが南畝です。

(つづく)




【小津夜景日記*フラワーズ・カンフー】
https://yakeiozu.blogspot.com/

(写真提供:著者)

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【おづ・やけい × すどう・たけし】
◆小津夜景◆1973年北海道生まれ。句集に『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)。翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)。フランス・ニース在住。

◆須藤岳史◆1977年茨城県生まれ。ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。オランダ・ハーグ在住。
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