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LETTERS 古典と古楽をめぐる対話
俳人 × 音楽家
小津夜景 × 須藤岳史
第13回 日曜日の午後に軽い手紙を書こうとする試み(上) (須藤岳史より)
 物事や芸術に接したときに心に湧きおこる感情――情感と呼ばれるものと、言葉や音楽のつながりを探して、フランス・ニースで暮らしている小津夜景さんと、オランダ・ハーグで暮らしている須藤岳史さんが続けてきた、往復書簡のエッセイ連載「LETTERS」。4月から続けられてきた連載では、最後の手紙を書いた須藤さんから、ふたたびもう1通の手紙が小津さんに届きました。この手紙を第13回として公開します。


 前略。今日は日曜日で、近所の海岸沿いの砂丘地帯を点々と移動しながらこの手紙を書いています。集中が必要な仕事もちょっとひと段落してホッとしているので、今日は筆のおもむくままに軽めの手紙を書いてみようと思います。

 この砂丘地帯には散策路が張り巡らされているのですが、そこからさらに分岐するたくさんの獣道があります。秋も深まり、下草の勢いも落ちてきた今の季節は、夏のあいだ隠されていた道に分け入りやすくなります。そこをかき分けて進むと小高い場所に登ることができます。海、そしてちょうど反対側のハーグ市街の遠景を両方とも望める場所なのですが、なぜか人気もなく静かなので、時々そこでポットに入れてきた珈琲を飲んだり、読書をしたり、何かを手帳にかきつけたりします。今日は風の強い日で、空は刻々とその表情を変えていきます。いったん登った坂を反対側へ下ると海岸に出ます。砂浜には風が描いた模様が生まれ、打ち寄せる波は泡立っていて、その泡を風がすぐに何処かへ攫っていきます。

 あなたへの先のお手紙の終わりの方に手紙について少し書いたのですが、今日はその続きを少し綴ろうと思います。

 しばらく前、実家に長いあいだ置きっぱなしになっていた荷物を整理したのですが、古ぼけた箱の中に隠れていたたくさんの手紙を見つけました。覚えている限り、手紙を捨てたことがないので、古いものでは小学生の頃にもらった年賀状から、新しいものでは日本で学生をしていた頃の手紙までが小ぶりの段ボール箱にぎっしりと詰まっていました。あまり時間がなかったので、目を通したのはほんの一部でしたが、長い時を経ての数百通の手紙との再会は、旧友との思いがけない再会のようでもあり、嬉しいひとときでした。(封筒の字を見ただけで、それを手に取った手が震えてしまいそうな手紙もあったのですが、その手紙がいつか再び開封されることがあるのだろうか?)

 電子メール全盛の今から比べると、昔(というほど遠い過去ではありませんが)は、それはそれはたくさんの紙の手紙が飛び交っていたものです。来た手紙にはせっせとお返事を書いていたわけですが(もちろん自分から先に出した手紙もあります)、今読み返してみると、その手紙にどんな返信をしたのか全く思い出せないような件もあって、なかなか面白いです。

 何かの目的がある手紙、例えばリハーサル前に送付された楽譜に同封されていた実務的な手紙やコンサートや美術展などのお出かけの誘い(携帯を長いこと持っていなかったので、手紙でなければ捕まらない人でした)などは、その時の出来事と関連した記憶があるのですが、面白いのは目的のない手紙です。何人かの筆まめな友人たちは授業や講義の合間に近くにあった紙やら出先で買った葉書などに、なにやら謎の文面を書きつけてせっせと投函してくれていたようで、不思議なイラストと共にかなりささやかな出来事や、その時ふと思ったこと、あるいは、どこかでぼんやりしている眼前の様子などを、ツイートをするがごとくせっせと書き送ってくれたものでした。

 人はなぜそれほど手紙を書くのか? というのは面白いトピックです。何かを言葉にすることで、まるで「王様の耳はロバの耳」と穴に向かって叫ぶように重荷のようなものを手放す行為なのか、あるいは記憶の共有を求めているのか? などといろいろ想像できますが、ふと思い浮かんだのは、人は何らかの手段で「世界と繋がる感覚」を求めているのではないかということです。

 小学生の頃、病気で入退院を繰り返し、かなり長いこと学校へ行かなかった時期がありました。その時期はラジオをよく聞きました。ラジオはもともと好きだったのですが、入院中、特に消灯時間後、あたりが寝静まった後にできることといえばラジオを聞くくらいで、眠れぬまま空が白みはじめるまでラジオに耳を傾けていた多くの夜がありました。

 その頃は、ラジオ番組宛てに短いエピソードを添えた音楽のリクエストの手紙を病室から何枚も書きました。たいていのエピソードはリクエストの曲をかけてもらえるように適当にでっちあげたものでしたが、運良く手紙が番組で読み上げられたりすると、まるで自分で書いた手紙にように思えないのが不思議で仕方なりませんでした。そして、まったくのでっちあげのエピソードにも幾分かの真実というか現実の反映が混ざっていくことにもその時気がつきました。(話は逸れますが、ラジオに送られる手紙はでっち上げか、あるいは誰にもいえないほんとうの話に大別できるような気がしてなりません。)

 なぜ、ラジオ番組宛てにせっせと手紙を書いていたのか? と自己分析をするならば、そこには世界との繋がりの渇望(というほどのことでもないですが)があったのかもしれません。もともと一人で遊ぶことが好きだったので、学校の友達と会えないことの辛さというのは感じませんでした。それよりも、日常のスキームを離れて、好きな時間に好きなだけ本を読んだり昼寝をしたりできる解放感が先行していたので、寂しさや孤独の感覚はほとんどなかったように思います。

 それでも、です。きっと世界の様子を小窓からそっと眺めたいという望み、もっと具体的に言うならば、同じ時間にどこか知らない場所で同じ放送を聞いているかもしれない誰かの存在をラジオの電波を介して確認したかったのかもしれません。

 ラジオ宛てに出した手紙は、番組で読み上げらでもしない限り、届いたかどうかも確認できません。だから、ラジオ宛てに手紙を出すことは、ボトルに詰めた手紙を海へ流すようなもののです。届くかどうかわからない手紙、そしてそもそもの「宛先」が良くわからない手紙はどこへ消えてゆくのか? とその頃、よく考えたものです。いったい誰に宛ててこの手紙を書いているのだろう? と。

(つづく)




【須藤岳史 Twitter】
https://twitter.com/Artssoy

(写真提供:著者)

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【おづ・やけい × すどう・たけし】
◆小津夜景◆1973年北海道生まれ。句集に『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)。翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)。フランス・ニース在住。

◆須藤岳史◆1977年茨城県生まれ。ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。オランダ・ハーグ在住。
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