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LETTERS 古典と古楽をめぐる対話
俳人 × 音楽家
小津夜景 × 須藤岳史
第12回 この地上で(下) (須藤岳史より)


 言葉が固有の風土を離れ、別の土地で根付き、ある種の区別と温度差を表現するツールとして使われることもあります。オギュスタン・ベルクは著書『風土の日本』(ちくま学芸文庫)で、広辞苑から引いた雨を表す様々な日本語を紹介しています。こんな具合です。

A:土着の用語(大和言葉):小雨こさめ大雨おおあめ大雨ひさめ氷雨ひさめ(同義語=ひょう〔どちらかといえば夏〕、あられ〔どちらかといえば冬〕)、地雨じあめ俄雨にわかあめ夕立ゆうだち時雨しぐれ五月雨さみだれ(同義語=つゆ、五月雨さつきあめ梅雨ばいう

B:中国語に由来する用語:豪雨ごうう膏雨こうう白雨はくう(夕立の同義語)、麦雨ばくう微雨びう梅雨ばいう(つゆの同義語)、秋霖しゅうりん

 ベルクが前掲書で指摘しているように、これらの用語には意味上の重複があります。しかし文脈から切り離された「語彙」の面からではなく、その言葉固有の「喚起作用」の観点からほぼ同じ意味の言葉を眺めてみると、まるで異なるイメージの世界が立ち現れます。

 例えば「夕立」という言葉は、夕刻や夏という時を喚起させると同時に、激しい雨風とその唐突さ、雨の前後の匂いや温度の変化などの「経験」から立ち上がる複合的なイメージを有していますが、同じ意味を持つ「白雨」といわれると地面を叩く白いしぶきという視覚的イメージがメインとなりますし、(上記のベルクのリストにはないのですが)「喜雨」と言われると、暑さを和らげる恵みの雨としてのイメージが先行して、「夕立」という言葉が喚起するある種の不吉さはイメージの背景へと退きます。

 別の土地から別の土地へと放たれる言葉としては、ガルシア=マルケスの物語のこの一節を思い出します。


…それが終わって、人影のない表通りやアーモンドの葉にたまった雨水を眺めているうちに、ヘリネルド・マルケス大佐は深い孤独感に襲われた。
「アウレリャノ」と、彼はやるせない気持ちを送信機に託した。「マコンド・イマ・アメ」
 電線を長い沈黙が流れた。そして不意に、電信機がアウレリャノ・ブエンディア大佐の送る非情な記号ではねあがった。
「バカ・イウナ・ヘリネルド」と信号は伝えた。「ハチガツ・アメ・アタリマエ」
(ガブリエル・ガルシア=マルケス著/鼓直訳『百年の孤独』(新潮社)より)


 ヘリネルドが(共有していると信じる)アメという言葉に託した感情は、アウレリャノには理解されませんでした。そして、この切なさをもたらした変化は、アウレリャノの帰還とともに、アウレリャの自身の変化としても理解されます。ここには変化を被り、風土のニュアンスからから切り離されてしまった寂寥があります。

 話は少し変わりますが、ここに出くる「電信機」とは一体なんなのだろうと思い調べたことがあります。どうやら送信側で電鍵を打つと電流が流れて、受信側の電信機の電磁石が鉄片を引きつけ、モールス信号を紙テープへ記録するという代物らしいです。なんとも原始的な方法ですが、考えてみればあなたと今回やりとりしているこの一連の手紙もまた、インターネットを介した電子通信なのですよね。技術の程度は異なれども、やっていることは同じなのです。

 通常の紙の手紙、電信によるやりとりなど、その手段にかかわらず、手紙の良さは、そこに(いくぶんかの)時差があることだと思います。リアルタイムのコミュニケーションとは異なり、手紙を送り、それを相手が開き、返事が来るまでにはタイムラグがあります。時には返事が来るまでに、自分が何を書いたのかを忘れてしまったりもします。

 しばらく前の手紙にリルケの「地上に存在するのは、言うためなのだ」という言葉を引きましたが、手紙とはまさしくその実践です。手紙には真実や事実、嘘と虚構のささやかで好意的なスパイス、思考や感情のゆらぎの軌跡など様々な要素が含まれますが、なによりも特別なのは、そこに「伝えたい意思」が存在することだと思います。言葉でのやり取りは、束の間の生の中でわたしたちに許された最も贅沢なものなのかもしれません。

 最後にエミリー・ディキンソンの言葉を引いておきます。
 良い夢を。

A Letter is a joy of Earth — It is denied the Gods —

手紙とは地上の歓び
神々には許されぬもの
(エミリー・ディキンソン)


須藤岳史拝




【須藤岳史 Twitter】
https://twitter.com/Artssoy

(写真提供:著者)



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【おづ・やけい × すどう・たけし】
◆小津夜景◆1973年北海道生まれ。句集に『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)。翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版)。フランス・ニース在住。

◆須藤岳史◆1977年茨城県生まれ。ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。オランダ・ハーグ在住。
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