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かもめアカデミー
地方の芝居小屋を巡る エンタメ水先案内人
仲野マリ
第2回「素人芝居」と侮るなかれ㊦【岐阜県 高雄歌舞伎】

プロ顔負けのスーパープレイも! 



 地芝居の素晴らしさを伝えようとすると、「でも、プロの役者が演じるのではないですよね」と言われることがしばしばあります。確かに彼らは他に生業を持っています。では学芸会のようなものかと問われれば、それもまた違う。一番近いのは高校野球ではないかと思います。高校野球はアマチュアスポーツ。コアな応援者は「家族」「OB」「地元」「知り合い」ですが、出場校に全く関係がなくても甲子園での熱闘そのものが好きで、毎年通わずにはいられない人、いますよね。
 地芝居も高校野球同様、プロに負けない魅力が潜んでいるような気がします。高校野球は負けたら終わりのトーナメント、地芝居も公演は年に1日か2日。「この1回」に賭ける情熱は、観客の私たちにも伝わってきます。そのひたむきさが、ある瞬間に飛び出す奇跡のスーパープレイを生むのかもしれません。

「熊谷陣屋」(2016)

 私が心底地芝居の虜になったのは、高雄歌舞伎(郡上市)で行われる子ども歌舞伎の「熊谷陣屋」を観た時でした。「熊谷陣屋」は源氏の武将・熊谷直実が、密命を実行するために自分の子どもを身代わりに殺さねばならなくなり、それを敵にも味方にも、自分の妻にもさとられてはならないという、男の苦悩の極致を描いた格調高い作品(*1)。
 直実は愛息を斬った悔恨で身体中が爆発しそうなのに、外見的にはその「決断」を、武士としては当然の忠義のように振舞わねばならない、プロでも大変難しいお役です。それを10歳の男の子がやるというのですから、私はそれこそ「学芸会」程度、セリフを忘れずに言えるか、棒読みでも構わないから失敗しないで最後まで通せたら大拍手だな、などと思っていました。

 ところが! 暗く低い太棹三味線の「デーン、デーン……」という調べに乗ってうつむきながら花道を歩いてきたその瞬間から、直実は、小学5年生とは思えぬ張り詰めた空気を纏っていたのです。そして見事なセリフ回し。子どもの死に首を見てうろたえる2人の母親に対し、自分の妻には「騒ぐな!」、高貴な女性に対しては「お騒ぎあるな」と、見事にトーンを変えてそれぞれを制してみせます。
 息子の死を無駄にさせまいと、目で、表情で、必死に訴えるその緊迫感! 素人なのに、子どもなのに、なんでこんなことができるのか? 人物の大きさといい、重厚な口跡といい、地芝居を侮ってはいけないと思い知らされました。

めいめいが持ち寄る自慢の手作りお弁当

 もう一つ、高雄歌舞伎で驚いたのは会場の雰囲気です。土曜の夜に小学校の体育館で実施するのですが、舞台の前の床一面に、運動会のランチタイムと見まごう色とりどりの敷物。その上に自慢の手料理を並べ、大人たちは芝居が始まる前からガンガン酒盛りです。子どもは後ろの方で、キャーキャー騒いで元気に鬼ごっこ。これで舞台を始められるのか、少々不安に思うくらいのカルチャーショックでした。

 幕が開くと、地元の人が「あれは英語の先生」「あれは僕の教え子」「あれは植木屋さん」などと教えてくれます。とびきり美味い三味線を弾いているのが役所の人だったりします。彼らが生業のかたわら、夜遅くまで稽古していることを観客はよく知っていますから、多少の失敗は想定内。知り合いが出れば「○○ちゃん、カッコいい!」などと次々に声がかかり、小銭を紙で包んだ「おひねり」(*2)を舞台に飛ばすこと雨あられ! この「双方向」の娯楽性が、地芝居ならではの活力を生み出すのでしょう。

 お客たちは芝居の最中でも「ほれ、もっと飲め」「これ美味しいよ」と自由気ままに時を過ごしますが、気がつくと水を打ったように静かになっていて、見回せば、全員が役者の演技をじっと見つめているではないですか! それは役者の力であり、物語の力、でも観客の力でもある。皆、芝居をよくご存知で、「ここぞ」という場面は絶対に見逃さないのです。

「鯔背川勢揃いの場」(白浪五人男)は子ども歌舞伎の定番だ

演目は子ども歌舞伎だけではない。「浜松屋見世先の場」で弁天小僧を熱演したのは学校の先生(2016)


 プロの歌舞伎も、昔はご飯を食べながら観劇していました。幕開きに「お茶、お菓子、お弁当など召し上がりながら、ゆるゆるとご鑑賞ください」と口上が残っているほど。飲食禁止・私語禁止が当たり前の観劇ルールとは対照的な地芝居から、私は歌舞伎の本当の力を教えられたような気がしました。

本当は今だって使える!【高雄神社の廻り舞台】



高雄神社の舞台

 高雄歌舞伎がなぜ小学校の体育館で行われているかというと、理由は「雨天中止にさせないため」。かつては高雄神社の境内で開催していたものの、上演中に雨が降ってきての混乱が続いたために、場所を小学校の体育館に変更したそうです。「神様への奉納」を大事にして神社での開催という伝統を守り続けるのは素晴らしい考え方です。でも、観に来てくれた家族や友人には思う存分お芝居を楽しんでもらいたい、そう思うのも人情。芝居小屋=劇場という空間自体、そうした思いから作られたのだと思います。大切なのは、皆が納得することなのでしょう。
 体育館でのアットホームな公演が楽しくて毎年行ってしまう高雄歌舞伎ですが、高雄神社の拝殿は現在も使用可能。ここには大きな廻り舞台があり、宙乗り用の仕掛けまで付いているというのですから、使わないのももったいない気がします。いつか神社の拝殿で、廻り舞台や宙乗りを使った高雄歌舞伎も観られたらいいな、と願ってやみません。

(*1)第一回下の回にも出てきた長編「一谷嫩軍記」は、「平家物語」の中の「敦盛最期」の登場人物をベースに展開。熊谷直実は平敦盛を助けよという密命のため、身替りに自分の息子を殺す決意をする。
(*2)高雄歌舞伎では「おひねり」に小銭を使わず飴のようなもので代用することもあり、回収してはまた投げる。


【高雄歌舞伎を観るには】


 10月の第一土曜日、郡上市立口明方(くちみょうがた)小学校体育館で公演。長良川鉄道・郡上八幡駅から車で約15分。郡上市には他に気良(けら)歌舞伎も15年前に復活し、9月第3土曜日、明宝コミュニティーセンターでの定期公演の他、11月には郡上総合文化センターで、高雄・気良の合同公演もある。

(写真提供:仲野マリ)

【仲野マリ公式サイト「エンタメ水先案内人」】
http://www.nakanomari.net

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【なかの・まり】
1958年東京都生まれ、早稲田大学第一文学部卒。演劇、映画ライター。歌舞伎・文楽をはじめ、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど年100本以上の舞台を観劇、歌舞伎俳優や宝塚トップ、舞踊家、演出家、落語家、ピアニストほかアーティストのインタビューや劇評を書く。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視したわかりやすい劇評に定評がある。2013年12月よりGINZA楽・学倶楽部で歌舞伎講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を開始。ほかに松竹シネマ歌舞伎の上映前解説など、歌舞伎を身近なエンタメとして楽しむためのビギナーズ向け講座多数。
 2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)「同性愛の至福と絶望-AMP版『白鳥の湖』をプルースト世界から読み解く」で佳作入賞。日本劇作家協会会員。『歌舞伎彩歌』(衛星劇場での歌舞伎放送に合わせた作品紹介コラムhttp://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n01)、雑誌『月刊スカパー!』でコラム「舞台のミカタ」をそれぞれ連載中。
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