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かもめアカデミー
地方の芝居小屋を巡る エンタメ水先案内人
仲野マリ
第2回「素人芝居」と侮るなかれ㊤【小豆島 肥土山農村歌舞伎 ほか】

見物客でいっぱいの肥土山農村歌舞伎


「芝居」は神社の境内で



 前回までは、プロの歌舞伎役者がいかに地方に残る芝居小屋に魅了されたかという視点で書いてきました。でも地方の歌舞伎の真髄は、地元の人々が自ら舞台に立っての素人芝居。これぞ農村歌舞伎の本当の魅力です。それが平成の時代に改めて認知されたきっかけの一つが、映画『大鹿村騒動記』の公開(2011年)でしょう。

最後に全員揃っての口上があるものも農村歌舞伎の一コマ(大鹿歌舞伎)
※写真提供:おくだ健太郎氏

 下伊那郡大鹿村で毎年行われる村芝居を通し、中年男女の三角関係をコミカルに、かつ情感豊かに描いたもので、主演は原田芳雄、監督は阪本順治監督。地芝居の公演風景がふんだんに見られます(*1)。神社の境内にたくさんの人々が詰めかけ、楽しそうに歌舞伎を観る人々の姿には、「村芝居」というものの本質がにじみ出て印象的でした。

 もともと村の芸能には、稲刈りを終えた農村が豊年を感謝する、「奉納祭り」という側面があります。地芝居も神楽や舞など他の芸能とともに神社の奉納殿で開催される場合が多いですし、こんぴら歌舞伎の金丸座や岐阜の白雲座・常盤座など、常設の芝居小屋もだからこそ神社のすぐ近くに作られました。そして「芝居」の語源は「芝の上に居る」。役者は屋根のある舞台で演じますが、観客は野外の土や芝の上にゴザを敷いて観るのが一般的でした。今ならレジャーシートの上で思い思いの格好で観る、ロックフェスティバルに通じるのではないでしょうか。

段々畑のように芝が張ってある中山農村舞台前

 私が初めて体験した農村歌舞伎も、やはり神社の境内でした。瀬戸内海に浮かぶ小豆島のバス旅行。小豆島には中山と肥土山の2カ所に農村舞台が残っています。中山農村歌舞伎舞台のある春日神社の境内には芝が張ってあり、奉納殿に向かって傾斜していて舞台が観やすくなっているのが特徴的でした。
 訪れた日が、偶然にも肥土山での農村歌舞伎が行われている日だったのは幸運でした。バスガイドさんが「地元の人のためのお芝居なので、観光客は入れません」と前置きをしながらも、「でもちょっと覗かせてもらいましょう」と機転を利かせてくれたおかげで、神社に通じる階段の上の方から数分間だけ拝見させていただきました。その境内も、お客さんでいっぱい。今思えば、これが私の地芝居巡りの原点となっているのかもしれません。

肥土山農村歌舞伎「重の井子別れの段」(2010)

 こうした素人芝居の始まりは地域によって様々です。旅芸人がその土地を気に入って定住し、村人に芝居を教え始めたところもあれば、商売のため町に出かけた人がそこで観た歌舞伎に感激し、プロの歌舞伎役者の興行を村で開催(これを「買い芝居」と言います)、それを機に村全体が歌舞伎に目覚め、自分たちでもやり始めた、というところもあります。何がきっかけであれ、地芝居は多くの農村で連綿と続いてきました。

 とはいえ、戦争中は歌舞音曲を控えるようにというお達しがあるなど、「冬の時代」もありました。そんな時は「軍人さんの壮行会だから」といって許可を得たり、公式には「神事のお神楽がメインで歌舞伎はサブ」と伝えておいて、実際は時間の大半を使って歌舞伎を上演してしまうとか、あの手この手で存続させてきたと言います。みんなが歌舞伎を楽しみにしていた、ということでしょう。その楽しみこそが最優先。「ハレの日」「祭り」の日には当局も含め、多少のことには目をつぶる伝統が功を奏した形です。

 一方、映画・テレビなど娯楽が豊富になったため、昭和40年頃には地芝居は一気に衰退します。衣裳などの維持管理も大変で、拠点となる芝居小屋も多くは廃されてしまいました。今でこそ脚光を浴びるようになった地芝居ですが、光が当たらなかった時もこれを愛し、令和の時代まで伝えてくれた人たちに、心から感謝したいと思います。

「台風直撃でもやる!」が奉納スピリット【森岳歌舞伎】



森岳歌舞伎が演じられる舞台の緞帳は、町民手作りのパッチワーク

 村芝居は基本的には収穫後の秋に行われることが多く(*2)、それは取りも直さず「台風」の季節でもあります。三種町でも森岳八幡神社の境内で歌舞伎を行いますが、舞台は常設でも客席はなく、舞台前方に敷物を敷いて座り、後方にはパイプ椅子を並べる野外鑑賞形式。そして芝居は必ず9月15日と決まっています。「神様にお見せするための歌舞伎」なので、お客さんが1人もいなくてもやるのだとか。台風直撃の年も、轟々の嵐の中でやり通したそうです。
 私が行った2018年の出し物は「兎原林住家(うばら・はやしすみか)の段」別名「あばら家」。「熊谷陣屋」の段で有名な長編「一谷嫩軍記」の中の一幕ですが、プロの歌舞伎ではほとんど観られません。かつて姫の乳母だった老婆の住むあばら家が舞台で物語は悲劇。でも、老婆とドラ息子の掛け合いなどは、地芝居ならではのアドリブが入ってユーモラスに描かれます。「田舎芝居かもしれません。でもこの雰囲気でやるからこそ『あばら家』という作品が生きる。だからずっと残っているんです」。保存会の会長さんは、そう言って胸を張りました。

(*1)通常の公演の様子になぞらえ、原田たちが歌舞伎を演じるロケも行った。
(*2)一般的に1回の場合は秋が多いが、春と秋の2回など、回数や時期は土地によって異なる。


【地芝居を観に行くには】


◆肥土山農村歌舞伎・中山農村歌舞伎=香川県小豆島。肥土山農村歌舞伎は毎年5月3日に、小豆郡土庄町肥土山地区の離宮八幡神社で。中山農村歌舞伎は毎年10月第二日曜に、小豆郡小豆島村中山地区の春日神社で。いずれも土庄港からオリーブバス中山線で約20分。

◆大鹿歌舞伎=長野県下伊那郡大鹿村。毎年5月3日(大河原の大磧神社)、10月第3日曜(鹿塩の市場神社)で公演。松川IC(JR伊那大島駅経由)からバス60分。公演時は名古屋からのバスツアーが企画されることも。

◆森岳歌舞伎=秋田県山本郡三種町。毎年9月15日に森岳八幡神社で公演。JR森岳駅から徒歩10分。

(写真提供:仲野マリ)

【仲野マリ公式サイト「エンタメ水先案内人」】
http://www.nakanomari.net

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【なかの・まり】
1958年東京都生まれ、早稲田大学第一文学部卒。演劇、映画ライター。歌舞伎・文楽をはじめ、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど年100本以上の舞台を観劇、歌舞伎俳優や宝塚トップ、舞踊家、演出家、落語家、ピアニストほかアーティストのインタビューや劇評を書く。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視したわかりやすい劇評に定評がある。2013年12月よりGINZA楽・学倶楽部で歌舞伎講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を開始。ほかに松竹シネマ歌舞伎の上映前解説など、歌舞伎を身近なエンタメとして楽しむためのビギナーズ向け講座多数。
 2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)「同性愛の至福と絶望-AMP版『白鳥の湖』をプルースト世界から読み解く」で佳作入賞。日本劇作家協会会員。『歌舞伎彩歌』(衛星劇場での歌舞伎放送に合わせた作品紹介コラムhttp://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n01)、雑誌『月刊スカパー!』でコラム「舞台のミカタ」をそれぞれ連載中。
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