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体験を「言語化」する学生たち

 東北学院大学が二〇一一年度の授業を開始することができたのが、五月九日。学生たちも教職員も、ある意味では、三月十一日以前の平常な生活を思い出すことができた日でした。
ちょうどゴールデンウィークの連休が明けた日にあたりますが、被災地に来ていたボランティアが激減したときでもありました。
我々は地元の大学ですから、遠方からのボランティアが減った時期こそ、活動のあり方が問われる――「災害ボランティアステーション」のメンバーとそう話し合いました。これから本腰を入れて持続的な支援をしていかなければならない、と。

――学生は、それぞれが被災体験を持ちながら、ボランティアにも参加したわけですね。

 そうですね。身近な人を亡くした者もいれば、実家を流された人もいました。語ることはおろか思い出したくもないという人もいれば、それでもボランティアに参加したいという学生もいます。痛みの修復の過程は人によってそれぞれなのです。
参加した学生たちにとって被災地でのボランティアは、大きな経験の場になりました。
たとえば、塩水に浸かってしまった写真の洗浄作業というものがあります。一枚一枚の写真を洗っていくと、会ったことがない人であっても、その人や家族それぞれの生き方が垣間見えるんですよ。しかも、被災した写真の持ち主が、お礼を言って大切そうに写真を持って帰る。そんな体験が、学生たちの自覚に繋がっていきました。
宮城県気仙沼市は「災害ボランティアステーション」が支援する地域のひとつなのですが、ここで洗浄を頼まれる写真は、海外で撮影したものが多い。アメリカ、南米、台湾……。気仙沼では、遠洋漁業が盛んだから漁師はさまざまな国に行っていたわけです。
被災した漁業地といっても、気仙沼のように遠洋に出ている港町もあれば、養殖業が中心の町もある。農業にしても、一口には言えないさまざまな特色や事情があって、そこに根をはって生きる人たちがいる。
そうしたことは現場に入って、人とのかかわりを持つことで、はじめて個人的な実感として気づくことができるんですね。
仮設住宅の問題もそうです。集落がバラバラになってひとりぼっちで仮設住宅に入った人もいれば、集落ごとまとまって入居して、隣近所の繋がりを維持している共同体もある。あるいは、賃貸住宅や宿泊施設を行政が借り上げた「見なし仮設」の入居者もいる。仮設住宅といっても種々の形態があり、被災者の悩みも、支援の方法も当然変わっていきます。
支援に入った学生にとって重要なのは、実際に現場に立ち、人と接していろいろな現実に気がついたことを「言語化」していくこと。最終的に他者へ伝え、言葉にしていくプロセスにあると思っています。
経験を積み重ねて、短期間に目を見張るような変貌を遂げていく学生を見てきました。また、この夏はこんな学生にも会いました。
関西からやってきた女子学生ですが、友人のこんな言葉がきっかけでボランティアに来たと語りました。
「津波の被害にあった被災地では、復興はもう終わっているんじゃないの」
本当に復興は終わったのか、自分の目で確かめに来たと、彼女は言いました。しかし、目のあたりにした気仙沼は、とても復興したといえるような状況ではなかった。ミーティングで彼女は、声を詰まらせながらそう話してくれました。
彼女はきっと地元に戻ったら「復興は終わっているんじゃない?」と言った友人に、彼女自身の言葉で気仙沼の状況を伝えてくれるでしょう。
彼女たち、彼らが伝えていく言葉は、一つひとつをとれば小さなものかもしれません。けれど、それを継続していくことが大切だと思うのです。

 

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ささき・しゅんぞう 1947年東京都生まれ。上智大学文学部卒業、東北大学大学院文学研究科博士課程修了。専攻は哲学。
 
東海教育研究所
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