望星 考える人の実感マガジン

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2007 2006 2005 2004 2003 2002 2001 2000 1999

2007

12月号
お寺の冒険!! 私たちは「おてら」をどう使えるか?
寺子屋や集会の場として利用され、戸籍管理の役割さえも担ったように、お寺は古来、地域の人々の暮らしにとってきわめて身近で重要な存在だった。しかし、いまでは、法事や葬式でしか関わらないという人が大半なのではないだろうか。そのお寺を、私たちはどうすれば再び身近にできるのか。さまざまな取り組みを試みている寺や周囲の人々の新しい動きを紹介しながら考えてみたい。

11月号

絵本、この人生の“友” こんなとき、大人も絵本を開きたい……
子どもたちの心を弾ませ、好奇心と夢を育む、絵本の「力」──。大人たちにも、郷愁や慰めを与えてくれて、ほのぼのとした心の「灯り」を点してくれる。絵本の世界は、いくつになっても温かく、そして楽しい。ひとりで開いて見るもよし、子どもや孫と見るもよし、あなたなら、どんなとき、どんな絵本を開きたくなるのだろうか。

10月号

「古典」のなかの旅人たち 現代の旅と見比べながら楽しもう
古くは『記紀』から『東海道中膝栗毛』まで、日本の古典には「旅」を描いた作品が数多くある。それぞれの時代の多彩な旅や旅人たちの姿を現代の旅と見比べながら楽しめば、古典の世界も、もっと身近になるはずだ。あなたの旅にも深みをもたらす『望星』流、旅と古典へのアプローチ──。

9月号

続・不良老人伝 この人々の気骨と艶に学ぶ
老いてなお「気骨」と「艶」を輝かせていた人々がいる。時代に安易に流されず、権力に屈することなく、名利も求めず、己を貫く生き方が周囲に光を投げかけた「まつろわぬ老人たち」──。いまの高齢社会にこそ必要な「生き方」の知恵を、それらの先達の清々しい姿に学びたい。本誌三月号で好評を博した「不良老人伝」シリーズ第二弾!

8月号

芥川龍之介の「手紙」
ブラジルに埋もれた文箱の謎を追っていまから五十四年前、若き放浪の画家がブラジルで見た芥川龍之介の手紙の束──。のちの文豪が青春の思いを友に綴った手紙の束は、なぜそこにあり、その後どうなったのか。「手紙」がたどった数奇な軌跡を軸に、それを巡る人々のドラマを追った。

7月号

「小さな暮らし」で“豊か”に生きる
志を持ち、内実豊かに生きるには、日々の暮らしをコンパクトにして自分の道を行くのがいい。余分なものを持たず求めず、広げすぎた生活も小さく畳んで、意志の力で、すっきり暮らす爽やかさ──そのなかでまっすぐに「自分を生きる」人々の姿を紹介し、豊かな人生とは何かを考えてみたい。

6月号

やっぱり自転車! 「自分の速度」で走る、生きる
自転車は、「黄金の乗り物」である。いつ、どこへでも、そのときどきの用に合わせて、自分の速度で出かけられ、帰ってこれる。その自由さ、気ままさ、自在であることの解放感……。自転車には、人の生き方の理想と重なる何かがあるのだ。趣味として、スポーツとして、また健康のため、あるいは通勤通学、買い物などの用足しに……。いやいや、目的などは自在に超えて、もっと気楽に、明日も走ろう、街を、野山を、あの路地を──。『望星』流の自転車讃歌をお届けする。

5月号

あの日、あの味 「食の記憶」でたどる“時代と人生”
そうだった……。あんなことがあったあの日、あのころ、あんなものを食べたっけ……。 そんなふうに思い出される「あの日」の記憶や「味」の記憶は、誰でも二つや三つは持っている。人生の歩みを彩り、時代の変化を思い知る「食の記憶」は、あなたの「いま」を照らし出す鏡のようなものかもしれない。 食の記憶を手がかりに、人生と時代を振り返る本誌の好評連載コラム「あの日・あの味」。その単行本化(三月末発売)を機に拡大版の特集をお届けする。

4月号

たまには「古典」! 自分流の楽しみ方で読んでみる
学校で習って以来、敬遠していた古典の数々。しかし人生の経験を積み、多くの人や出来事と出会った後では、古典も身近に、また面白くなってくる。源氏、今昔、万葉、古今……それらを学ぶのではなく、楽しむために読むには、どうすればいいのだろうか。一冊の書が、やがて座右の存在になり、まだまだ続く人生の滋養にもなるように──古典読みの達人たちがアドバイスする。

3月号

不良老人伝 この人々の気骨と艶に学ぶ
時代が動いて、人も社会も一方向に流れるときに、容易に流れず、権力や世の圧力にも負けることなく己を貫き、やがて、その生き方が周囲や社会に光を与えて「伝説の人生」を築いた人々がいる。老いてなお輝いていた「気骨」と「艶」は、いまの高齢社会にこそ必要なものではないのだろうか。再び時代が動いているいま、社会に「実り」をもたらしてきたその人々の「まつろわぬ姿勢」を再発見する。

2月号

「百年前の知恵」に学ぶ いま、取り戻したい“先人の財産”
いまから百年前といえば、明治の後期。日本人は近代化の恩恵を受けつつも、伝統の価値観を引き継いだ暮らしを続けて、いまでは失われた多くの「知恵」を持っていた。衣食住から人づきあい、有事の際の身の処し方や倫理、教養のあり方まで……。失われては惜しいそれらの知恵を再発見し、これからの暮らしに取り戻したい。

1月号

「手書き文字」のぬくもり
パソコンやプリンターが普及し電子メールのやりとりも増えたいまだからこそ「手書き文字」の“効用”が見直されている。筆跡から人柄まで伝わってくる手紙やはがき書いた日の微細な心理まで綴じ込められた日記やメモときに見かける伝説の作家の色紙や生原稿……手書きの文字には、生きて呼吸している人間の自身や他人の「ぬくもり」がある。
その「ぬくもり」を伝える営み、伝わる喜び……手書き文字がつくり出す「世界」を見てみたい。


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2006

12月号
続・「小さな暮らしの」ぜいたく “便利さ”と“欲”に惑わされずに生きる
経済成長が終わった後も、便利さや欲につられて衣食住や、暮らしの規模を肥大化させてきた私たち……。だが、先の見えない時代にあって高齢化や格差社会も本格化するなか、少しずつだが「きちんと足下を見つめて暮らす」生き方の大事さが認識され始めてもいるようだ。肥大化し、翼を広げすぎたこの暮らしは、これでいいのか? いまあるものや、日々の動きは、本当に必要なのか自分らしい生き方を見直すために、いま、あらためて「小さな暮らし」ということと、そこで得られる「真のぜいたく」について考えてみたい。

11月号

藤沢周平に学ぶ「人間の品格」恥も矜恃も恩愛も失われた時代に…
上は公の場で軽佻浮薄に大はしゃぎする首相から下は一時の感情で親を殺し、子を殺してしまう庶民まで──「人の心は金で買える」と嘯(うそぶ)く富豪や職責に鈍感な「立場ある人」の事件を含めてこのところ、私たちは人としての尊厳や恥を忘れた人物や事例を見ることが多くなっている。いったい、日本人はいつからこうも、上から下まで、品性を「劣化」させてしまったのか。そして、この現状を変える手立てはないのだろうか。「人間は、かくありたい」と思わせる人物像や事に当たって模範とできる身の処し方を、今回もまた藤沢周平作品に学びつつ「人間のあり方」をあらためて考えてみたい。

10月号

ビンボーだけど「豊か」に生きる!「お金で買えないもの」を得た「貧乏達人」に学ぼう
格差社会の到来が実感できるようになったいま、「お金がすべてではない」「金では買えないものがある--」などと言うのは、所詮、負け犬の遠吠えなのか?だが、みんなが金持ちになれるわけでもない世の中で自分を振り返らずに「にわか富豪」をスター視したり、ただ憧れたりしても意味がない。金持ちを罵倒するのも「金さえあれば」と嘆くのも、同じように滑稽だ。格差社会など恐るに足らず--金はなくても、歩むべき道をしっかりと持ち、なすべきことがある人は、必ず珠玉の何かを手に入れる。ビンボーだけど、お金で買えないものを得て「豊か」に生きた人々に、いまこそ学ぼう。

9月号

「仏教」を“暮らしのヒント”に
お金がすべてではない暮らし、効率優先ではない「別の豊かな生き方」をもし目指すなら、仏教の考え方が参考になる――このところ、多くの人から聞く言葉だが、では、日常の衣食住にとって、仏教の何が良いのか。より良いライフスタイルと「仏教的なるもの」との意外な関係を見直してみたい。

8月号

昭和史の発掘者たちが見る「いま」 戦前と「いま」との危いつながり
夏──。戦争の記憶がよみがえる季節だ。ことにこの夏は、改憲論議やアジア外交、政権党の総裁選びの行方も絡んで空気が熱く、「この道はいつか来た道」「不穏な前夜」と指摘する識者や一般の声も相次いでいる。そんななか、戦前の「昭和史」を冷静に掘り起こし、考えるヒントとともに知らせ続ける人々がいる。この炯眼の作家たちに、「いまの日本」はどう映っているのだろうか……。

7月号

間違いだらけの「もったいない」 本当は、いま何が大切なのか?
ノーベル平和賞のマータイさんが紹介し、世界の流行語ともなった「もったいない」――。しかし、なかには言葉の意味が矮小化され、大事な何かが見失われたまま、間違った使われ方をしている例も少なくない。日本人の精神が宿る言葉の意味を問い直し、本当はいま、何がもったいないのかを考える。

6月号

続・心のために歩く
心に抱えきれない喜怒哀楽があるときに人は歩けば、落ち着きや安らぎを得る。何かを考えたいときや、逆に心を空っぽにしたいときにも、歩けばそれが可能になる。歩くことで得られるものの不思議な優しさ――。歩こう、歩こう、心のままに心が求めるものを目指して思いがけない「出会い」を求めて……。歩くことで得られるものは、無限に豊かだ。 「心のために歩く」の提唱、第二弾をお届けする。

5月号

畏友・悪友・親友 「青春の友」という財産
畏友とは、尊敬する友。自分を高めるための指標となってくれる友人。悪友は、清濁も裏表もある広い世間に自分を連れ出し、人間の「幅」を広げてくれる案内人。そして親友。ただ仲良くて親しいというだけでなく、お互いが心を許し、深く理解し合った、かけがえのない存在――。そんな友が、できれば欲しいと誰もが思う。しかし、実利優先の世で、人と人とのかかわりも薄れる時代に、「友」を語るのは難しく、まして得るのはさらに難しい。生きることの悲喜こもごもを、心から語り合える友。しかも青春の日を共有しつつ、交流の続く友人を、あなたは果たして持っているだろうか。お金では買えない友人、友情という「人生の財産」をあらためて考えてみたい。

4月号

藤沢周平に学ぶ「人間の情愛」 人と人とのかかわりが薄れる時代に……
いまの世の中、人と人との距離感覚や他人に対する感覚がおかしくなっていないだろうか。恋愛も友情も様変わりして、夫婦や親子、兄弟姉妹、血族の絆も変化している。友人知人や師弟、同僚、隣近所のつきあいも薄れるばかりで「人情」などは廃れる一方。「情緒」も死後の世の中だ。だが、そんな時代であればこそ、人として大切なこと、意識しながら大事にしたいことはある。温かく、潤いのある人間関係、そして情愛……。人が人であることの証でもある「情愛」は、どんな姿で心に育ち、発露されればいいのだろうか。今回もまた、藤沢周平作品に学んでみたい。

3月号

大人の「ときめき」 弾む心で暮らしたい
春は、新しい何かが始まる季節新しい仕事に、学びに、人との出会いに心がときめき、期待がふくらむ。弾む心に身を任せ、踏み出していく最初の一歩それが人生を押し広げていく「ときめき」が創る人生と生きる支えにもなる「ときめき」と……いくつになっても大切なその「ときめき」をあらためて考えてみよう。

2月号

少ないモノで暮らす 清々しい家と生活への出発
好きなもの、欲しいもの、便利なものを「あれもこれも」と買い込んで身の回りに置き、にぎやかに華やかに暮らしたい……。そんな気分の「うたかた」の世はすでに終わった。子育てを終え、定年を迎えるならばなおのこと私たちが新しい暮らしに求めたいのはできるだけ少ないモノで、清々しく、心豊かに暮らす空間と、生活の様式ではないのか。あなたも、あらためて身の回りのモノを見直してみませんか?。

1月号

「他人の日記」で知る自分
真新しい日記帳を前に、思いをめぐらす人がいるつけ始めようと決めた自分の日記と、きょう1日の回想それが積み重なって、見えてくる「人生」……日記は、自分を客観化し、あらためて知る最良の鏡だ時が過ぎて読み返すとき、自分の体と心のなかを流れていった事件や思いがよみがえり、その「意味」さえも見えてくる一方で、他人の日記を読むときはどうだろう自らが、直接間接かかわったこと考え方やものの見方に影響を与えた事件や人への「他人の目」それもまた、自分を知るための鏡となり得る人の心を覗き見る愉しみと、己を投影して読む知の営みと……「他人の日記」が教えてくれるものを考える。

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2005

12月号
「嘘」と人生 人の世の「嘘の功罪」を考える
人はなぜ嘘をつくのか? 世の中にはなぜ嘘が満ちあふれているのか? 悪意でつく嘘、善意の嘘、恋の駆け引きの嘘、犯罪者の嘘、政治の嘘や、商業主義がまき散らす嘘。そして、あなたがこれまでついてきた嘘………。人生や社会にとっての「嘘」の機能とその意味とを考えてみる。

11月号

藤沢周平に学ぶ人生の「再出発」 再起の糧を探すあなたへ……
人は、年齢や価値観の変化によって、あるいは、思わぬ事態の出来によって、人生の「再出発」や「再起」を余儀なくされる。そのとき人は、どんな気持ちや姿勢で新しい人生に向き合えばいいのか。人や仕事との決別、挫折や喪失、絶望や諦め……。そうしたなかで、何かを覚悟し、決意して、再起するための「糧」となるもの、新しい人生の場で慰めや支えとなるもの……。それら、生きることにとって大事なものを、今度もまた「人生を丸ごと描く名手」とされた藤沢周平氏作品群に学びたい。

10月号

「自分」を語れることば あなたの「言語力」を考える
あなたは、どんなことばなら「自分」を十分語ることができますか? 生まれ故郷の方言? それとも詩や小説のようなことば? 日本人の表現力の衰えや「言語力」の不足が指摘されるいま、私たちが他者に「自分を語る」ということと、そのためのことばのあり方や、ことばの力について考えてみたい。

9月号

向田邦子が教える「生活美学」
節度ある挙措の内側に美しい「芯」を秘め、「足る」を知って、ひたむきに、かつ華やかに昭和の時代を駆け抜けた向田邦子。多くの作品でも示される、その生きる姿勢やスタイルは、現在の暮らしの中で私たちが忘れがちな大事なものを思い出させる。いま、あらためて「向田邦子の世界」に学びたい。

8月号

「仏教」をどう生かせるか? 生き方に、心と暮らしの営みに……
いま「仏教」ブームだという。参禅や寺巡り、お遍路などに人気が集まる現象は何を意味するのか。「葬式仏教」などと貶(おとし)められる一方で、人々が仏教に期待するものや、心の暮らしに生かせる仏教のあり方を考える。果たして、仏教は現代によみがえるのか――。

7月号

私をつくった旅,変えた旅 人生への「旅の力」を考える
旅は、人の生き方や価値観にかかわる大きな出会いや、発見をもたらすことがある。たった一度の、あるいは繰り返しの旅によって人生の仕事や趣味、生きるテーマに出会い、自らの道を定めてきた人々。そこから、あらためて「旅」という営みの人生に及ぼす「力」を考えてみたい。

6月号

藤沢周平に学ぶ「人生の諦観」 「深いまなざし」がもたらす境地とは……
人は、齢を重ねることで、「人間」や「人生」「世の中」が、より深く見えてくるのだろうか。経験の積み重ねは、人の「まなざし」を深くして、洞察力をもたらすのだろうか。「諦観」という。「諦」は「あきらか、つまびらか、まこと」の意。「全体を見通して、事の本質を見きわめること。欲望や迷いが消えて、物事にこだわらないこと。あきらめてながめること」と辞書は説く(『大辞林』)。「諦観」は洞察を通して得られる一種の悟りの境地だ。藤沢周平の作品には、そうした境地の人物が数多く登場する。老若や男女を問わず、武士と町人とを問わず、精神に諦観を秘め、日々を送り、身を処していく作中人物。つつましく、時に臨んで潔く、美しさの底に哀しみを滲ませて生きる魅力的な人物像に、私たちが共感しつつ学べるものとは何だろう。

5月号

「学び直し」の春だから……ゆっくりと、しかし本気で、学びたい・習いたい
新学期の季節だからか、いくつになっても、春は何かを学びたくなる。忘れてしまった英語や、知らなかった外国語、日本の古典や歴史、宗教、短歌や俳句、詩吟や謡、書道や楽器や絵手紙など……。学校を出て月日が流れ、それなりの人生を過ごしたからこそ、いまの自分にふさわしい何かを学び、習いたいと思うのだろうか……。この特集では、自分のペースでゆったりと、しかし本気で何かを学びたい大人のための「学び」の姿勢や取り組み方を考えてみたい。

4月号

「小さなぜいたく」見つけた 心の糧と潤いを求めて
人の暮らしにとって「ぜいたく」とは何だろう。必要以上に金をかけること、分に過ぎたおごり……。ものごとが必要な限度を越えていることと辞書は言う。振り返れば、経済最優先の価値観のもと、果てのない物欲に煽(あお)られるまま、「ぜいたく」の道をひた走り、人の心も社会も地球も壊してきたのが、二十世紀の私たちではなかったか。いま、その反省に立ち、それでも人の暮らしに必要な心の糧や潤いを求めるとしたら……。この特集では、金や高価な物で追いかけるのではない「小さなぜいたく」と、そこから得られる「よろこび」を考えてみたい。

3月号

「火」が恋しい! 明かりと温もりの原点を求めて
かつて日本人の暮らしは季節の節目、人生の節目のさまざまな行事とともに営まれていた。いまでは核家族化や生活様式の変化によって失われてしまった「年中行事」の数々。暮らしを彩り、人と人との絆をつくり、心を潤わせてくれたそれらの行事を、明日の暮らしを考えながらもう一度、再発見してみたい。

2月号

「年中行事」の再発見 情緒ある暮らしを求めて……
かつて日本人の暮らしは季節の節目、人生の節目のさまざまな行事とともに営まれていた。いまでは核家族化や生活様式の変化によって失われてしまった「年中行事」の数々。暮らしを彩り、人と人との絆をつくり、心を潤わせてくれたそれらの行事を、明日の暮らしを考えながらもう一度、再発見してみたい。

1月号

冬、凛として
枯野に裸木そそり立ち、降り積む雪は地の彩りを覆いゆき、澄んだ空気が遠くの山さえ引き寄せて……。玲瓏(れいろう)、そして静謐(せいひつ)、魂さえもさえざえと引き締める「冬」。冬は寒くてさみしくて嫌われがちな季節だけれど、どこかに凛とした気配を孕はらんで……。それに気づけば、なにものか、静かな「志」さえ伝わってくる季節の冬、人生の冬、時代の冬……雌伏のときや試練のときの喩えにもなり「玄冬(げんとう)」の名で、いのちの黄昏(たそがれ)を指す語ともなる。いずれ避けられぬ定めのときであるならば、その冬の季節をどう過ごそうか。凛として、そう、凛々乎(りんりんこ)として冬の季節を生きてきた人々がいる。冬の寒さに縮こまらずに背筋を伸ばし胸を張り、颯爽(さっそう)と歩いてゆく人……。自然と人の、そんな姿に見習いながら、この季節の「心の過ごし方」を考えてみませんか。

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2004

12月号
藤沢周平に学ぶ「人間の成熟」〜「大人」になれずに年老いていく時代に……
現代は、人が「大人」になれぬまま年老いていく時代だ。古いものや老いが厭われ、人の心も物も文化も“新しさ”や“若さ”ばかりへ雪崩を打って人としての「成熟」が難しいこの時代に、それでも心ある人は理想の「歳の取り方」や「人間のあり方」を求めている。この特集では、忘れられた「成熟」のモデルを“人間をまるごと描く名手”とされた藤沢周平の作品群に探りつつ、あらためて時代と人間を考えてみたい。あなたは自分の「成熟」に出会えるだろうか。

11月号

心をうるおす「食」
人は、何のために食べるのか。体を養い、健康に生きていくため? でも、それだけじゃない。「食べること」は、むしろ心を養う営みだ。渇きがちな心をうるおし、人と人、人と自然の絆を育て、全体としての「いのち」を養う大事な営み。うるおいのある心と暮らしのための「食」のあり方を考えてみたい。

10月号

月のリズムと暮らす〜「旧暦」を心の潤いに
自然の移ろいと、さまざまな行事、季節のことばと、そのなかに宿る精神……。日本人の「心」に流れる時間は、いまでも多くが「旧暦」に沿っている。日常は太陽暦で暮らしながらも、心の営みには欠かせない「むかしの暦」……。月のリズムで織りなされるその旧暦を、もっと積極的に取り入れた暮らしを改めて考えてみたい。

9月号

やすらぎの音と暮らす〜情感ある暮らしを求めて
風鈴、虫の音、木々のざわめき、小川のせせらぎ……。それに雨戸の開け閉めや、外から聞こえる物売りの声……。私たちの記憶に眠っている、あの懐かしい自然の音や暮らしの音は、刺激的な音に囲まれた現代では、もう取り戻せないのだろうか。人間らしい「情感ある暮らし」の再生のためにも、生活の周囲の「音」を考え直してみたい。

8月号

心の「涼」を求めて〜夏の暮らしと小道具考
暑苦しい夏。快適さを求めて冷房すれば、その放射熱がまた外気を熱くして不快指数を押し上げる。そんな悪循環を断ち切ってより自然な、人間らしい「涼」を求めることはできないのか? 風鈴、簾(すだれ)、打ち水、行水、茣蓙(ござ)枕……。振り返れば、私たちの暮らしの中には目で見、耳で聞き、体で感じる「避暑」の工夫が満ちていた。夏を涼しく過ごすため、副作用のある機械に頼らず、健康にも、環境にも害を与えず伝統文化の一翼をも担う工夫や小道具……。便利さだけを求めた末に肝腎の「人間」が損なわれているいまだからこそ、日本古来の知恵に学んで心の「涼」を考えてみたい。

7月号

「雨」に歌えば〜心と体を癒す「恵み」を見直そう
雨の日は好きですか? それとも嫌いですか? 濡れて不快で、出かけるのにも煩わしいから、都市生活では嫌われ者になった雨。でも、農業にはもちろんのこと、人の多くの営みに、雨は、なくてはならない「自然の恵み」。雨が嫌われ、疎まれるのは、生活に自己中心の便利さや効率だけを求めすぎた人の心が渇いているからかもしれません。忘れてませんか? しっとりと降る雨の景色と雨音に悲しい気持ちや苦しい心が癒されたこと。雨を優しく、美しく感じたときもあったこと。経済と効率だけが優先された時代から人間らしい生き方が求められる時代に変われば、「情緒性」の回復もまた大事なテーマ。人の心を癒し、潤し、日本文化も育んできた「雨」について考えてみませんか。

6月号

「小さな暮らし」のぜいたく〜「便利さ」に惑わされずに「自分」を生きる
欲望のおもむくままにモノを求め、暮らしを広げ、そのあげくに、自分を不自由にさせている私たち。日ごろの生活のなかで本当に大切なものを選り分けて、不要なモノや「場」や「行動スタイル」を捨てることは、暮らしの贅肉を削ぎ取って、自分自身の生き方の「焦点」を絞り込みことになるはずだ。自分にとって本当に大事なものを中心に、より自分らしく生きること……。そのためにも、「欲望制御の知恵」を身につけ、広げすぎた翼をたたんで、地に足をつけた、身の丈に合う暮らしをすること……。この特集では、そうした「小さな暮らし」を心がけ、みずから実践している人たちとともに、私たちがいまより少しでも「小さく生きる」ための手だてと、そこで生まれる「幸せ」や「ぜいたく」について考えてみたい。

5月号

小さな言葉の大きな力〜大事な人へ、「言葉」に「想い」を託したい!
電話やメールや日ごろの会話で、多くの言葉は飛び交いながら、「言葉の力」が弱くなり、そのために人と人との絆も薄れ、世の中や人生から、大事なものが抜け落ちていく現代。もっと言葉に「想い」を託して人の心に届けるためには、どうすればいいのだろうか。冗舌・軽薄でなく、人の想いがしっかり宿って相手に伝わる言葉とは? 小さくて短いながらも、強く大きな力を秘めた言葉とは? この特集では、俳句や短歌、川柳、諺、名台詞など、短詩型の表現が持つ「力」に注目し、その表現法を学ぶとともに、それが大事な人への意思伝達や、日常の会話や手紙、メールなどの言葉づかいにどう生かせるかを考えてみたい。

4月号

「旅心」をかきたてる名作・名文〜読めば旅に出たくなる「ことば」の力
春。風は和んで陽は暖かく、鳥の声や木々の芽吹きが人の心を外へと誘う。明るい日差しにさざめく心が、旅を求めて動き出す。だが、その「旅心」に実際の形を与え、イメージを増殖させて、思いをさらに募らせるのは、「ことば」の力だ。ふと目に触れた文章の、一節一句に火を点されて始まった旅。そうした旅の経験が、あなたにも一度か二度はなかっただろうか。詩歌や小説、エッセイなどの名作に媚薬のように仕掛けられ、私たちを旅へと誘う「文章」「ことば」の不思議な力……。いったい、どんな名作・名文が、どう人の心を動かして、どんな旅をさせるのか。ここでは十三人の「旅人」に、自分を旅へと動かした先人の文を追ってもらった。

3月号

新・ラジオの魅力〜大人のメディアを楽しむ
放送開始以来約八十年、戦前の翼賛放送を別にすれば、ラジオは情報メディア、娯楽メディアとして身近な場所に存在し続けている。とくにテレビが登場する前の戦後の一時期、ラジオは黄金時代を迎え、いくつかの代表的な番組が誕生した。テレビの台頭で、その立場は脇役的になったとはいえ、異彩を放った七〇年代の民放深夜放送やFM局の音楽番組が多くのリスナーを獲得し「時代」をつくった。いま「ラジオ冬の時代」という見方もあるが、いくつかの番組は熱烈なファンに支えられ元気だし、ラジオの魅力を再認識させてくれる力がある。派手さもなく、主役でもなく、大仕掛けもない、ことばと音だけのメディア。だが、そんなラジオならではの味わいがあるし、懐の深さもスピード感もある。ラジオの力、ラジオの魅力、再発見──大人向きのメディアを見つめ直す。

2月号

「心のふるさと」再創造 変貌する故郷と「瞼の故郷」に架け橋を
ふるさとは、詩人に詠われるまでもなく、そこを離れて暮らす人には、どこか哀しく厄介なもの。たとえば縁者や友人たちが住み、現実の土地は存在するのに、そこは自身の心に定着している「ふるさと像」とは大きく異なり、たとえ帰省しても出会えない「失われた場所」となっている。高度経済成長以降の国土の変容、それによって失われた、多くの人の「心のふるさと」。それはこのまま消えるにまかせてよいのだろうか。発展の裏面で進んだ環境破壊や人心の変化を思うとき、自らのふるさとにそれを見て、哀惜の念を抱く人は多いだろう。そして、何かができないだろうかと考える人も。「心のふるさと」 復活へ。それは変容していく現実の故郷と、自身の内側にある「ふるさと」との間に橋を架ける営みでもある。遠くに住んで思うふるさとを、少しでも理想の姿に近づけるための試みを、老いてなお故郷とつながる方法を、さまざまな角度から考えてみたい。

1月号

「老い」の美しさ 「加齢恐怖社会」をどう生きるのか?
いま、男女を問わず身体の外観への「関心」が高まっている。その欲求の深さは、バイアグラや発毛剤、美容整形などの市場の拡大を見ても明らかといえよう。「いかにしてより良く老いるか」よりも 「いかに若く見られるか」が大きな価値観として浮上しつつある超高齢化社会・日本。商業主義に蝕まれがちなこの本末転倒の社会心理は、なぜ、どのように形成されたのだろうか。「アンチエイジング=年齢を重ねたくない」という願望が我々の生活や考え方に与える影響を探りながら、 「加齢恐怖社会」を生き抜くためのヒントと、本当の意味での「老い」の美しさとは何かを考察する。(企画協力・石井政之)

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2003

12月号
「怒り」の効用 大人たちよ、正しく怒れ!
いつのまにか「怒る」ことを忘れて、ただ「キレる」だけになってしまった日本人が、世代を問わず増えている。人間にとってごく自然な「怒りの感情」が退化したのか、あるいは怒りを「表現」する能力が衰えたのか。政治や経済をはじめとする社会の理不尽や不正にも、会社や上司の横暴にも、若者や子どもの不作法にも、きちんと向き合って怒ることをせず、他者は一切関係ないとばかりに、関心を内向きにのみ逸らしていく生き方を、なぜ、いつから私たちはするようになったのか? そして、そんな生き方は、やがて自身の首を絞めることにならないだろうか? いまこそ、正しい怒りの表現が、社会や他者の理不尽を正し、己をも律していく「人生不可欠の営み」であることを訴えたい。

11月号

昭和30年代という「理想郷」
昭和三十年代がブームである。テレビCMで当時の映像が流され、当時を懐かしむ出版物も相次ぎ、玩具やファッションなどでも当時のものが次々と再登場している。いったい、この現象はなぜ生じ、何を意味しているのだろうか。昭和三十年代に始まる高度経済成長は産業構造の変化を伴い、国土の変容、人口流動、人々のライフスタイルや価値観の激変をもたらしたが、その行き着いた果てがバブル経済崩壊後の「不安の時代」だとするならば、それ以前の日本は、戻るに戻れない私たちの原郷であり、一種のユートピアと化した世界なのかもしれない。人が「足ること」を知り、土地や社会に根づいて、貧しくとも心豊かに家族や隣人と暮らしていたスローな時代。飽食と物欲追求の果てに私たちがたどりついた現在という「荒野」からそこに見えてくるものは何か。未来のために改めて考えてみたい。

10月号

「心」のために歩く
人は、さまざまな理由で心に鬱屈が生じたとき、あるいは思いもかけぬ衝撃を受け、怒りや悲しみを抱え込んだとき、どうすればそれを乗り越え、先へ進むことができるのだろうか。歩くこと。お遍路さんや仏教行者が、あるいは哲学者や文学者が、歩くことで生き直し、悟りや発想を得て思索を深めてきたように、人は歩けば、ただ癒されるだけでなく、自己救済や課題の克服、精神の純化向上の方途さえ手中にできると言えないだろうか。 歩くことと心の営み。その不思議な関係に迫りつつ、歩く効用を考えてみたい。

9月号

にぎりめしの底力・日本人の心を伝える食は、いま
にぎりめしは、日本だけでつくられ、食べられてきた私たちの「民族食」。そのにぎりめしのありようが、近年、大きな変化を見せている。かつては旅や野良仕事へと、あるいは子どもの遠足や野外の行事にと携行されて、災害時の炊き出しなどにも供されてきた「非日常食」が、咋今はコンビニなどで買ってきて、日常的に食べるものへと変わっているのだ。新食材の登場もあり、一方で孤食や随時食の一般化、食卓文化の衰退などの問題も派生させている「おにぎりブーム」を、現代日本人の食文化やライフスタイルの現状と考え合わせながら見つめ直してみたい。

8月号

逝き際の輝き・この人たちの生と死
お盆の時期だから、ということもあるのだろうか。夏は亡くなった人々が妙に懐かしくなる季節だ。家族や直接の友人、知人の死者だけではない。その懐かしさが、新聞や雑誌や書物で知った人々にまで及ぶのは、死というものの持つ絶対的な普遍性(平等性)のゆえなのだろうか。あるいは、その人々と自身の生が重なっていた「同時代」への愛惜の念がそうさせるのか。高齢社会の到来で、死を意識せざるを得ない高齢者が増え、人々が死を思う期間も延びて、生と死の意味がより深く問われるようになった時代にあって、死者はますます「生者を映す鏡」としての役割を強めつつある。私たちは、逝ってしまった人々の「死」に、自身の生き方と死に方を重ねて見ざるを得ないのだ。まして、この特集に登場する五人のように、生と死のはざまで強い光芒を放ち、人々に感銘を与えて逝った人物は、その人生最期の輝きを見つめることで、単なる懐かしさを超え、人間の生と死の意味をあらためて考えさせずにはおかないだろう。人は、どのように生きれば、輝きながらの死を迎えることができるのか。また人間にとっての「仕事」とは、究極のところ何なのか。最晩年を共に働き、逝き際の仕事にかかわり、あるいはその最期を看取った最も身近な「仲間」がつづる五人の生と死は、それらの問いへの実感的なヒントを与えてくれるに違いない。

7月号

大人の「恋文」入門
「恋文」とは人の心が人の心に呼びかける、いわば魂の手紙。「自分の思いを伝える」ということに焦点を当てれば、恋愛感情を秘めた男女間のそれだけでなく、性別や年齢を超越し、自分にとって大切なだれかに心を伝える手紙のすべてが「恋文」と言えるのではないか。だが、携帯電話やインターネットなどの多種多様なメディアが発達した現代、実態の伴わない表面上のおしゃべりに終始し、本当の心をことばで表現する行為を、我々はまるで忘れてしまっているかのように思える。相手との関係を考えながら書きことばを駆使するとき、付き合いの稀薄さと孤立化により表面化する多くの問題を解決するヒントが見つかるかもしれない。私たち現代人は、自分の大切な「思い」を相手にどう伝えたらいいのか?スムーズでより深い人間関係の形成に欠かせない手紙の効用と現代人のコミュニケーション能力をいま、あらためて考えたい。

6月号
 「川」のある暮らし
5月号 「アトム」とボクらの21世紀
4月号 「健康」という時代病
3月号 童謡・唱歌と「日本人」
2月号 「江戸」に未来を学ぶ
1月号 スロー時代の「余暇」と「生き方」

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2002

12月号 団塊の世代よ、目を覚ませ!
11月号 買う我々がバカなのか?
10月号 「日本語ブーム」の功と罪
9月号 「鬱の時代」の処方箋
8月号 いま、日本が歩む「危ない道」
7月号 「マスコミ規制」で泣くのは誰か!?
6月号 「ゆとり教育」がもたらす吉凶
5月号 なぜ、いまNGOなのか?
4月号 ワークシェアは幸福な選択か? 高校生の「孤独」
3月号 「地域通貨」が創り出すもの
2月号 「スロー・ライフ」のすすめ
1月号 イスラームとどうつきあうか?

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2001

12月号 日本人の平和意識を問い直す
11月号 日韓関係はどうなるのか?
10月号 本はどこへ行くのか?
9月号 原点−「少国民」たちの終戦史
8月号 日本の「明日」は地方が創る!?
7月号 英語ができなきゃダメなのか!?
6月号 フリーター急増で社会が変わる!?
5月号 「IT(それ)」は人を幸福にする革命か!?
4月号 「少年問題」を親はどうする!?
3月号 「患者学」が必要だ!
2月号 環境問題は「30代」に任せろ!
1月号 21世紀は大丈夫?青少年の「心」の迷走

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2000

12月号 「食」から生き方を問い直す!
11月号 専業主婦は「社会のお荷物」か!?
10月号 なぜ誰もが「書く」時代なのか?
9月号 「戦争」はもう語り継がなくて良いのか?
8月号 いま、子どもたちが読む本は?
7月号 豊かな「朝」を取り戻そう!
6月号 変種日本人?「30代」の研究
5月号 やり直しの「父親学」
4月号 五十歳からの「出発」!
3月号 「東北」の元気に学べ!
2月号 人生、何を捨てられますか?
1月号 「明日の日本」どっちを選ぶ?

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1999

12月号 なぜ「自殺」が増えるのか!?
11月号 時代は再び「戦前」なのか!?
10月号 「日本語」が不安だ!
9月号 なぜ「我が子」を虐待するのか!?
8月号 「快眠」がほしい
7月号 「自然の宝」を知る旅へ!
6月号 ボランティアという「生き方」もある
5月号 山で“元気”をとり戻せ!
4月号 「団塊の世代」の功と罪

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