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■Books(書評) 6月号
文盲
アゴタ・クリストフ著・堀茂樹訳/白水社 1400円
「異邦人」文学者の自伝
アゴタ・クリストフの名著『悪童日記』は文体の発明だった。暴力と悪徳に彩られた物語もさることながら、一切の無駄を削ぎ落とした文章に読者は脅かされたものである。
どのようにして、この文体があみだされたのだろうか。長い間、不思議でならなかった。だが、いよいよあきらかになった。作者の自伝が翻訳されたのだ。アゴタ・クリストフはハンガリー人だが、言語によって翻弄される半生を送った。
文学少女だった彼女は国境の町に引っ越したことがきっかけで、「敵語」であるドイツ語を学ばされる。一年後、あらたに侵攻してきたソ連によって、今度はロシア語が押しつけられた。21歳の頃には亡命し、スイスのフランス語圏の町に辿り着く。彼女の人生には常に国家や戦争、それから言葉の壁がたちふさがっていた。
かつては活字中毒者だった彼女が異国の地で、「わたしは読むことも、書くこともできません。文盲なんです。」と、フランス語教師に向かって告白する場面は涙を誘う。なまじっか読み書きに秀でているだけに、この告白は屈辱的だろう。以後、筆者はめきめきとフランス語を上達させ、小説を書くまでになる。『悪童日記』の文体は、こうした人生の果てに誕生した。
筆者はハンガリー語を母語、それ以外の言葉を『敵語』と呼ぶ。母語によって書かれなかった文章ははたして不幸なのだろうか?
そんなことはない。完成や習熟はありえずとも、これは異邦人にのみ許された偉大な挑戦である。彼女の言葉は簡素だが、様々なものを浮かび上がらせる。亡命による孤独と郷愁、理不尽な運命にも屈さぬ魂のきらめき。
制約を逆手にとってこそ、文学は鍛えられるのだ。(評・都築隆広)
梅里雪山
小林尚礼著/山と溪谷社 2,300円
胸を打つ鎮魂の記録
91年、中国雲南省の梅里雪山で、京都大学日中合同登山隊の17人が就寝中に大雪崩に襲われ、消息を絶った。ところが遭難からわずか七年で、山麓の村に達する氷河に遺体が出現する。頂上直下の雪原から氷の滝を運ばれてきたのだ。
本書は、京大山岳部出身の著者が、17人の山仲間の遺体捜索・収容のために六年にわたって現地に通い続けた記録である。といっても、遭難をテーマにした山岳専門書ではない。じつは最初の遺体収容作業で変わり果てた友の姿を目にしたことで、著者の内部で何かが目覚め、本気でやりたいことをめざす人生、すなわち写真家になるという決意が固まる。
そしてその後は会社勤めをやめて山麓のチベット人の村に長期にわたって住み込み、遺体の捜索を続けながら農作業や葬儀、祭り、巡礼などに参加して、山の民の暮らしぶりを撮影してきた。本書には80ページにもおよぶカラー写真がちりばめられ、月光に浮かぶ山々や雄大な氷河とともに、子どもたちの笑顔や四季の村の移ろいがじつに印象的に描かれる。
遭難から五年後に著者は梅里雪山への「弔い登山」を敢行するが、悪天候で撤退した。当時は頂上を極めるべき対象だったのに、山里で暮らし、巡礼路を周回してチベット人と同じ視線で見上げるうちに、同じ山を聖山「カワカブ」として、人間が侵してはならない神の領域と考えるようになる。未踏峰をめざした十七人への鎮魂の思いを持ち続けながらも、村人たちの信仰を踏みにじってまで登る価値はあったのかと、自らに問う。
この六年で麓の村を取り巻く環境は大きく変わった。氷河見物の観光客が押し寄せ、遺品を勝手に収集して売る村人も出てきた。その氷河にはまだ友の一人が眠る。友を奪った魔の山が、山麓に豊かな命を育む聖山だと気づいていく心の旅に、深く胸を打たれた。(評・丸山純)
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